サバイバーと名乗るチャンスをくれたリレー・フォー・ライフとの出会い

2015年02月27日(金)

44歳で「肺がんステージⅢb治療困難」と告げられ、闘病を重ねる中で、がんの2文字を観ることすら避けていました。しかしいつしかリレー・フォー・ライフの実行委員に。今ではサバイバーだから参加できるお祭りがあっても良い、と思っています。

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リレー・フォー・ライフ2010in茨城でのサバイバーウォーク、
先頭を行くGISTERSのタークさんは初めて私に声を掛けてくれたサバイバーです。
タークさん ありがとうございました。

あれから9年が経とうとしています。

2006年5月、1年間見過ごされた肺がんステージⅢb治療困難。そこに居座った7cmのがんに44年の人生を終われと告げられたような1日でした。

「ただいま!」新品のランドセルを背負い帰宅した息子の声を聴き、「死ぬわけにはいかないな!」そう決めて知らずに使ったセカンドピニオン、荒波を何度もくぐり抜けましたが、その向こうから差し出された温かく大きな力に救われ、右肺は無くしましたが半年後仕事に戻る事が出来ました。しかしそれだけでは今までの好き勝手な人生の償いには足りなかったようで1年後、更に1年後と再発転移したがんとの闘いがありました。2009年秋、3度の闘病を終え世の中に戻った者にも吹く向かい風と自分の中の偏見との闘いが始まり、世の中で自分と同じような人達は今どうしているのだろうか?
話がしてみたい!
その想いで辿り着いたCPSP(※1)のブログ、その中に見つけたのが地元茨城で開催されるリレー・フォー・ライフ2010in茨城でした。

そこに行きたい!次第に高まる強い想いに押され実行委員としてつくばの会場に立ったのが私とリレーの嬉しい出会いだと信じていました。その日つくばで肩からバックを掛け会場を見渡す三浦秀昭さん(シュウさん)の横顔を観るまでは。

「この人・何処かで??」1日がかりで探り当てた記憶。リレーとの出会いは私には不思議な巡り合わせでした。2006年夏、右肺を失った私の身体は全てのスイッチをOFFにして次への備えを始めているようでした。点滴台を支えにやっと病室の外に出始めた私の日課の1つが地元新聞を読むことでしたが、いつの間にか私はがんに関わる記事を嫌い、がんの二文字を観る事すら避けていました。

退院の見通しも立たず病室のベッドの上で見かけた記事。何やら9月茨城にがん患者が集まる?そこに目をひかれ読み始めたのは嫌っていたがんの記事。陸上競技場を歩く!との記事でした。

点滴台と壁の手摺りを頼りに売店で買った新聞を首からぶら下げ往復50m程度を歩き病室に戻るだけでガッツポーズ!今日も歩けたよ!と得意げに妻に電話する私は、「俺に(陸上競技場を)歩ける訳が無いだろう!!」と閉じた新聞を再び観ることはありませんでした。それがリレー・フォー・ライフと銘打ったイベントだと記憶せぬまま閉じた私とリレーの初めての出会いでした。そこに写っていたのがリレーを真剣に語るシュウさんの横顔でした。

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4人の実行委員サバイバーと一緒に。
サバイバーだけが手形を押せる。サバイバーフラッグに初手形。

この時の衝撃はごめんなさい説明が付きません。当然その時の私は4年後実行委員としてリレーの会場に立っているとは夢にも思っていませんでした。辿り着いた記憶と現実とが絡みあったまま撤収の済んだ会場で「俺は又この場所に来るな。」それだけは解っていたようでした。

私にとってのリレー・フォー・ライフは自分の中で育ち始めた偏見を見つめ直しサバイバーと名乗り歩き始める為のチケットが置かれた場所でした。
チケットを手にしたら胸を張りなさいと尻を叩いてくれた場所でした。
貴方だけではないのだから大丈夫と導かれた場所がリレー・フォー・ライフでした。

そして「Tomeさん結局は人なんだよ」シュウさんから貰ったメールの一文です。
この言葉が解っているようで解っていなかった心の整理を始めさせてくれました。これが私の一番大切なリレー・フォー・ライフです。

2015年5月、つくばはプレイベントから7回目の開催を目指しています。リレー・フォー・ライフはがん征圧を目指し募金と啓発を目的とした民間有志の力で開くイベントです。私達サバイバーにとっては、そこから先に進むために集い讃え合う場としての役割も果たしているのがリレーのフィールドでしょう。
がん征圧が成されるまで告知は世代を問わず繰り返され、サバイバーと呼ばれる者が増え続けます。そして、其々のリレー・フォー・ライフを必要とする人も増え続けます。必要とされるリレー・フォー・ライフが在るならば、新しい世代と新たにサバイバーと名乗れる人達も一緒にリレー・フォー・ライフを支えてほしいですね。

サバイバーである事は何の特権でもありません。それでも誰かがサバイバーと名乗る間はサバイバーにとって歩きづらい道があるという事。がん患者がん経験者がサバイバーと名乗る間はサバイバーだから参加出来るお祭りがあっても良いのではないでしょうか。
次へ進む勇気を掴み取れる場所、それもリレー・フォー・ライフです。

(※1)CPSP……がん患者支援プロジェクト。日本版リレー・フォー・ライフ実現を目標とし、がん患者だった故・三浦秀昭氏が結成した有志グループ。

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リレー・フォー・ライフジャパン2013茨城。
サバイバーウォーク。リレーの諸先輩方と共に!

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プロフィール
八重樫眞人(Tomeさん)
1962年生まれ52歳茨城県日立市在住。会社員 
2006年5月肺がん(気管部扁平上皮がん)ステージⅢbと診断され右肺全摘出。膿胸併発。
2007年7月肺がん再発 抗がん剤治療。3クール終了後副作用で膿胸再発。右胸に開窓術を受け現在も開窓状態で生活する。
2009年1月上咽頭がん 放射線治療。
2010年RFL茨城に実行委員として参加。
2011年RFL茨城副実行委員長
2012年RFL茨城副実行委員長
がん患者会茨城よろこびの会会員

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