「存在の社会化」 ‐今、ここに‐

2014年08月28日(木)

今回はとちぎのメンバーからのメッセージです。2014年の「リレー・フォー・ライフ・ジャパンとちぎ」の開催ももう間もなく(9月13~14日 宇都宮城址公園)。今年もまた、明日への希望をつなぐための24時間を一緒に過ごしましょう!

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「リレー・フォー・ライフ・ジャパンとちぎ 2012」スタッフ。
生存率5年をクリアした年、私の新たな居場所ができました。

私は2007年5月に胃の全摘出と胆嚢を予防的切除しています。
がんの告知について自分の時はどういう形で伝えられるのだろうか、健康な時に誰もがそんなことを想像したことはありませんか。
私は内視鏡検査中の医師の表情から「がん」だと直感しました。ネットで検査時と同様の画像を見つけ「がん」を確信し、帰宅した夫に「私、がんだと思う」と言ったら、夫は「そんなことない、大丈夫だよ」そう言いながらも検査結果を一緒に聞きに行ってくれました。
「がん細胞が出ました」医師の言葉に、「やっぱり…」私がサバイバーとなった瞬間です。夫は「がん…」言葉を詰まらせ涙をボロボロ。泣きたいのは私なのに、「手術すれば大丈夫だから」夫にそれだけ言うのがやっとでした。

検査で腫瘍は3cm位と言われましたが、術後の評価で化学療法の対象だと説明がありました。自覚症状もなく早期発見だと思っていたので、初期でなかったことは大きなショックでした。
化学療法は1年6か月間にわたり、抗がん剤の副作用について聞いてはいても想像の域であり実体験となると想像を絶するものでした。「もう抗がん剤を止めたい」主治医に訴える反面、中断したことを後悔の理由づけにはしたくないというジレンマ、結局は「止める」と言い出す勇気がありませんでした。

抗がん剤の副作用と再発・転移の恐怖からくる焦燥感、絶望感に怯えこれからもずっとこのストレスを抱えながら生きていくのか。そんなことばかり考えていた私は、周囲に自分がサバイバーだと言えずにいました。言えるようになったのはRFLさいたまに参加したことがきっかけです。
「サバイバーは単なるがん患者ではなく、がんを体験し強い意志をもって自分らしく力強く責任をもって生きている、人とのつながり社会とのつながりをもつ生活者」啓発テントで話を聞いているうちに、がんになった自分を肯定できるようになりました。

さいたま参加の翌年、RFLとちぎの開催が決まり私は実行委員に手を挙げました。がんを与えられた自分が生きる希望につながる活動を通して、今まで支えてくれた人に感謝を伝えたいと思ったからです。
初開催では3000基のルミナリエに、賛同をいただきました法人、個人、そしてボランティアのみなさまの献身的な力に感謝し、とちぎの心意気と底力を見た思いがしました。
第2回開催は台風の影響で2日目の繰り上げ閉会が決定。雨足が激しくなるなかでの撤収作業は、1年をかけての企画が中断された現実に涙と鼻水でぐちゃぐちゃ。ゴミ袋を被り頭と手足を出しての作業。首に巻いたタオルで涙を拭おうとしたら滴り落ちる雨水でタオルは雑巾のようでした。それでもタスキはつながりサバイバー参加は220人を超えました。

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「リレー・フォー・ライフ・ジャパンとちぎ」スタッフの愛犬 “アンズちゃん”。
安らぎと癒しの存在。

私には闘病時期を同じくした7人のサバイバー仲間がいました。経過とともにSさんと私だけになりました。緩和病棟で生活を始めたSさんの面会に行った時、自分もここで生活する日が来るかも知れない不安に怯え言葉が出ない私に、「どうしたの半ちゃん?大丈夫だよ、心配ないよ。半ちゃんの病気は私が天国に持って行ってあげるからね。」私の心を見抜いていた彼女。自分が大変な状況にあるなかで、思いやる言葉を私にくれた。私は自分のことばかり。何をやっているんだろう。辛いのは自分だけじゃない。私、すごくもったいない生き方をしている。馬鹿、馬鹿、馬鹿、私は大馬鹿!!
今年もリレーに参加したいと話す彼女にフラッグ用の真っ白い布を持参し、手形参加をした彼女は「一番星だね」って言い遺し、開催日を待たず星になりました。

RFL参加を呼びかけるなかで、当日参加できないサバイバーから手形やメッセージを預かっています。体調不良で参加できなかったサバイバーが翌年のポスターとなった手形フラッグを見て、「自分の手形とサインがあった~♪」弾んだ声で言ってきました。
参加したくても参加できないサバイバーの声に応え、発信することを自身への課題としています。存在を社会化すること、RFLはサバイバー・ケアギバーの存在を社会化する場の提供だと私は考えています。

「今年のリレーはいつですか?」開催を心待ちにしている声は、着実に地域に根付いてきたことを実感させます。サバイバーにとってRFLが1年後の目標設定になっている現実があります。今やがんは死を待つだけの病気ではなく、早期発見・早期治療できれば治る病気であり、がんと共存し治療と向き合いながら生きる希望をもたらし多くのサバイバーが社会復帰をしています。
RFLは単なる健康祭りではありません。RFLはサバイバーとケアギバーの1年を称え、祝い、偲び、明日への希望をつなぐための24時間なのです。
がまんしなくていい、泣いてもいい、さぁ 一緒に歩きましょう。

プロフィール
半谷惠子
千葉県出身。ソーシャルワーカー。
2007年9月 RFLを芦屋開催の報道で知った。
2012年9月 第1回とちぎ開催の実行委員。がん患者支援ネットワーク スタッフ・がん患者集会とちぎの実行委員として活動。RFL参加を自身のエンパワーメントと位置づけている。

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