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仲間とともに絆でつながるリレー・フォー・ライフ

2014年10月31日(金)

10万人に一人か二人しか罹らないがんとも言われるGIST(消化管間質腫瘍)。
伊東さんは病気についての情報を得たいと調べる中、チーム「GISTERS」と呼ばれる仲間とつながりました。そして、またGISTERSは、リレー・フォー・ライフとつながっていました。

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家族で生存7周年記念で食事会。

がんが見つかったときには、既にいろんなところに転移しており医師からいきなり余命半年宣言でステージ4Bでした。知識も覚悟もない私たち家族には、どうすることもできませんでした。
私の母は20年前に乳がんでなくし、父は10年ほど前に心不全でなくしました。
妻とは、子供が小さいときに別れ2人の女の子を引き取り私一人で育てながら化学工場に勤めておりました。
そんな中、2007年3月に健康診断を受診し同年4月に結果が返ってきたところ極度の貧血で要精検と記入されていました。
ただの貧血だと思い、軽く考えて会社の近くの小さな病院で受診しました。
採血、血圧、心電図、レントゲンなどお決まりのコースのあとレントゲンを見つめた医師がいきなりCTスキャンを撮ろうと大きな病院を紹介されて向かい、CTスキャンには、おなかいっぱいに大きな肉塊が写っていました。
胃、大腸に絡みついている20cmほどの肉塊。肝臓にできた大きな穴のような丸が花火のようにたくさん点在。
自覚症状はまったくなく、まさに寝耳に水の状態でした。
「子供を残して死んでしまうの? 子供たちは、どうなるの?」
それから間もなくして大きな病院に入院し、少しでも長生きできるように子供たちのために手術をしてもらうよう主治医に希望しました。
胃と大腸半分、十二指腸半分を腫瘍とともに摘出、肝臓は、最新技術のラジオ波で10時間以上に亘る大手術。朝、手術室に入って気がついたら既に外は、真っ暗でした。
病室には、家族と上司、同僚が待機していてくれて大変うれしかったことを覚えています。
結果、遺伝子検査をしたところ十二指腸原発消化管間質腫瘍(GIST)と診断されました。
主治医もよくわからない、執刀医もよくわからない、10万人に一人か二人しか罹らないがん。
結局、手術後は、薬も飲まずしばらく家でゆっくりした後は、会社に復帰しました。
よくわからないがんと言われネットでいろいろ調べたところ同じようながんに罹り患者とその家族が活動しているミニSNSとMIXI内での活動がありました。
まさに関東を中心に多くの仲間が活動しているチームGISTERS(*1)でした。
その後すぐ再発しミニ勉強会を通じてグリベック(*2)と出会い「グリベックは、アメリカのリレー・フォー・ライフで生まれたんだよ。」とチームのメンバーから教えてもらいました。
芦屋で開催されるがん患者のためのイベント「リレー・フォー・ライフ芦屋」に仲間が集まるとのことでまだ小学生の子供たちと向かいましたが、とても参加しにくい雰囲気。
受付でも大きな壁、サバイバー、ケアギバーというわけのわからない言葉。
会場は、広くルミナリエが輝いていて華やかな雰囲気でしたが仲間が遠くネットでしか知らなかった人たちばかり。
アグネス・チャンさんが遠くで歌っていましたそれを見て仲間にも声をかけず家に帰りました。
その間にミニSNSやMIXIで病気の情報を得ながら活動し、次の年の夏、MIXIからメッセージで「ぜひ、私たちの仲間に会いに来ませんか?」という連絡をもらいました。
9月のはじめに芦屋に出向き思いきって仲間に声をかけました。
関東や九州から参加している仲間に歓迎されてすぐ仲間に打ち解けられました。
そんなことなら昨年、声をかけたらよかったと今でも思い出したとき後悔しきりです。
私のような病気と闘っている孤独な声をかけるのもためらっている方たちのために私は、リレー・フォー・ライフのお手伝いをしようと考えました。
芦屋は、会場が小規模になり雰囲気が変わりましたが仲間と一緒に企画力の必要なルミナリエ班に関わりいろいろ勉強しました。
それからずっと各地のリレー・フォー・ライフと関わっている中で仲間及びスタッフが天国へ召され、仲間のためにも長生きをして後年ずっと伝えていこうと思いました。
熊本、福岡、室蘭、一宮など遠くの会場にも躊躇せず仲間とともに参加しました。
スタッフとして活動している中で「今まで一人で悩んでいたのに同じ悩みを持っている人と出会えてよかった」と言ってくださる方も多くいらっしゃいました。
京都でも開催予定との声が聞こえてきましたので参加し、亀岡会場をみんなで成功させました。
そのあと、大阪、神戸と手伝い同じ志を持っている仲間とともにいろんなアイデアを出し合い盛り上げていく役を承っていきました。
同じがんという病気を抱えたまま、支援者とともにリレー・フォー・ライフというイベントを成功させるとともに、行政などへの働きかけ、地元市民への啓蒙、参加への仕組みづくりと声かけなど自分にとって宝物になるような体験も得ました。
今も後世を伝えていく実行委員が続々と誕生してきて育っていっています。
彼ら、彼女たちの今後の活躍が楽しみです。
これからも新しいがん仲間との出会いと悩みを分かち合いお互いに成長しながらリレー・フォー・ライフを通じて日本にそして世界にアピールしていきたいと思っています。

TEAM GISTERS 伊東重明

(*1)チームGISTERS…GIST患者とその家族・友人のネットワーク。様々なイベントやリレー・フォー・ライフを通して、GISTと闘う仲間を応援。
(*2)グリベック…アメリカではリレー・フォー・ライフで集められた多額の寄付金でがん研究を助成、その結果白血病などの画期的な治療薬グリベックの開発につながり、多くの命が救われた。

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2014年リレー・フォー・ライフ・ジャパン福岡、左下が筆者。

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プロフィール
伊東重明
昭和38年10月2日生まれ。富山県魚津市出身
荒川化学工業大阪工場品質管理勤務。二児の父子家庭。
危険物取扱主任。応急手当普及員。
44歳の十二指腸原発GIST発症。
Team GISTERSメンバーの一人として関西を中心に活動。
リレー・フォー・ライフの実行委員としては、数ヶ所掛け持ちし
毎年、全国10ヶ所以上のリレー・フォー・ライフに訪問して
参加者に元気と笑顔を届けています。