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生きる希望をくれたリレー・フォー・ライフと仲間

2015年01月07日(水)

35歳のときにユーイング肉腫と診断され、あるブログからリレー・フォー・ライフの存在を知った横山さん。以来、10年近くにわたって、リレー・フォー・ライフとつきあい続けています。

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2009年 RFL中部大会のラストウォーク。
右の男性が、私の人生を救ってくれた三浦秀昭さんです。(中央が筆者)

「落ち着いて聞いてください。治った方もいますから、希望を捨てないでください」
私が、がん患者となった瞬間の言葉です。
2005年8月、健康にだけは自信があり、仕事ばかりの生活が終わった瞬間でした。
右腋にしこりを感じ、近所の総合病院を受診し精密検査を行った結果、ユーイング肉腫/PNETと診断を受けました。成人が罹患するのは大変珍しく、長期間の生存は難しく、治療方針は厳しい抗がん剤治療と右腕の切断を提案されました。突然の宣告に自分の事なのか理解できませんでした。
罹患当時は35歳、子供は9歳と3歳、成長を近くで見守る事さえできないことが、とても申し訳なく感じ、寝静まった夜に声を上げて泣きました。なぜ自分だけこんな思いをしなければいけないのか、何が悪かったのかと、やりきれない思いで気持ちが沈んでいきました。
勤めていた会社に長期の休みを頂き、抗がん剤治療が始まりました。激しい副作用に襲われ、脱毛、吐き気、手足の痺れ、発熱、味覚障害、貧血、白血球減少・・・代表的な副作用は経験しました。特に吐き気は厳しく息が吸えない程に吐いていました。いつまで続くかわからない辛い治療。白血球の減少で隔離された病室で一人過ごす孤独感。健康な頃は1秒が早く感じたのですが、ひたすら耐える1秒はとても長く感じていました。
毎日、病室の白い天井と窓から景色だけを見ながら、ひたすら耐える日々でした。

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2009年 RFL中部大会閉会式で挨拶したときの様子。

入院期間が長くなるに伴い、ささやかな貯えも底をつき、いつ終わるか解らない治療と生活費が重くのしかかり、生きたいと思う気持ちから、生かされている事への罪悪感に変わっていきました。どうせ治療をしても長く生きられないのであれば、治療をやめてしまおうかと悩んだこともありました。
長い一日、隔離された部屋で何も出来ない自分を責め続ける毎日、面会に来てくれた方と話をしても遠い昔のような感じがして苦痛を感じていました。
そんな中、病室に持ち込んだノートパソコンで闘病記等を見ていた時、あるブログに出逢いました。リレー・フォー・ライフを日本で開催しようと活動されていた三浦秀昭さんのブログです。
そこには「がん」であっても一生懸命生きる多くの人たちが集い、懸命に活動されていました。その姿に感動し、苦しい想いを綴ったメールを送りました。その後、三浦さんからお電話を頂き、「大丈夫か?」の一言に涙が流れました。同じような経験をし、その苦しみを共感出来る仲間たちがいる事を知った時、みんなに逢いに行きたいと、湧き立つ想いがしました。
入院加療は連続300日となり、その間、抗がん剤、放射線、手術を行いました。幸い抗がん剤が効き腫瘍が2ミリに縮小したお陰で右腕の温存手術をして2006年6月退院しました。
退院直後は手足の酷い痺れと、体力低下、貧血で歩く事が困難な状況でしたが、リレー・フォー・ライフのプレイベントとなる「つくば」会場に行き、みなさんに逢いたいとの想いからウォーキングを始め、なんとか9月につくば大会に参加しました。初めて逢う人ばかりでしたが昔から知っている仲間の様に優しく迎えてくれました。

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2011年東京駒込にてRFLの仲間達。

リレーウォークの最初の一周は「サバイバーズ・ウォーク」と呼ばれ、がん告知経験者がトラックを歩き、支える方達が周りでがんとの闘いを讃えます。私も多くのみなさんに拍手を頂きながら最初の一周を歩きました。沢山の笑顔に包まれて歩き、出会えた喜びにあふれたその場所で、私の中の罪悪感が無くなり、「生きていても良いんだ」と心の底から感じた事を覚えています。この場所に立てた事への感謝の想いに涙が流れました。私の中で新しい「希望」が生まれました。その後、2007年にはリレー・フォー・ライフ芦屋に参加し、2008年には横浜に参加しました。
いつか自分の地元でもリレー・フォー・ライフを開催したいと思い、2008年より中部大会として実行委員会を立ち上げ、多くの仲間たちと準備を始めました。初めての事ばかりで大変なこともありましたが、2009年中部地区初となるリレー・フォー・ライフを開催する事が出来ました。がんに向き合い、同じような不安や悩みを分かち合い、がんと共に行きる「希望」を仲間たちと見つける事ができました。

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2013年RFL一宮大会で地元の仲間達と。

私は、リレー・フォー・ライフを通じて多くの仲間達から沢山の宝物を頂きました。
がんでも希望を持って生きる事が出来る! 自分らしく生きる事が出来る! そんな姿を見せて頂きました。そして今、がんに向き合い悩んでいる方々が少しでも笑って過ごせるように、仲間から頂いた宝物をみなさんにリレーしていきたいと思います。
多くの出会いに感謝しながら、一日も早く、一人でも多く、がんで悩む人が減る事を祈りながら、この先も毎日を大切に生きていきたいと思います。

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プロフィール
横山光恒
ユーイング肉腫(PNET)患者
1969年生まれ、45歳 岐阜県各務原在住 
2005年 右腋下の悪性軟部腫瘍と診断される。
10か月間の入院にて、抗がん剤・手術・放射線治療を行う。
2006年 RFLのプレ大会「つくば大会」に参加
2009年 RFL中部大会 実行委員長
2013年 ACSより「Heroes of Hope」に認定される
現在は、地域のRFL開催支援と特定非営利活動法人がんサポートセンターにて患者・家族の支援活動を行っている。