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リレー・フォー・ライフ ~出会い~

2013年09月24日(火)

「リレー・フォー・ライフ」のイベントは今や日本でも40か所以上で開催されています。今回は、8/31から9/1にかけて福島市で開催されたリレー・フォー・ライフ2013 in 福島の参加者の方から寄稿していただきました!

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第4回リレー・フォー・ライフ・イン福島
やわらぎチームの皆さんと。

―「リレー・フォー・ライフ・ジャパン福島」のメンバー、三本杉祐輝さんからです―

「先生。待っていたよ。今年も会えてよかったあ。」やわらぎチームの皆さんの笑顔。
8月31日、福島県営あづま総合体育館で行われた「第4回リレー・フォー・ライフ・イン福島」に私はやっと今年も参加できました。実行委員長の鈴木牧子さんの満面の笑顔が私を包み込みました。ああ、やっと来れた。私はうれしくて、うれしくて。
このリレー・フォー・ライフは私にとって人生における大切な記念日です。今年で4回目。特に今回はどうしても参加したい2つの理由がありました。ひとつは、私を待っていてくれるやわらぎチームや実行委員の皆さん・昨年もここで出会った皆さんに会う事。
もうひとつは、私の詩集「向日葵」から「たんぽぽ」という詞に大会テーマソングを歌う「ビートマック・スペシャル」さんが曲をつけてくださり、そのお披露目の曲を聴くという事。
この日のために、現在も入院加療中の私は、病院の先生になんとか外泊許可をいただいてやっとたどり着いた日でした。実は当日も微熱がありドキドキでしたが。

私は今から10年前、45歳の中学校教員時代に「悪性リンパ腫」を発症し、その後 再発を何度も繰り返し、ドナー移植を含み、3度の移植と命の期限を告げられ、現在も骨髄異形性症候群で入院加療中です。
今から7年前、再発治療をして4ヶ月後、再々発とわかり、あまりの病状の進行の早さに命の期限を告げられた時、私は自分の気持ちをどうしようもなく、ブログを開設しました。そのとき矢口洋子さんの「あなたに元気をあげたくて」というブログに偶然に出会い、住んでいる場所も近かったことから交流がはじまりました。矢口さんは私の病気に対し、真摯に受け止めてくださり、ご夫婦で応援してくださっています。

私はこの10年間、入退院を繰り返し、6年前に大好きだった教職も退職せざるを得なくなりましたが、精神的には、家族の協力はもちろん、教え子たち、矢口さんをはじめとする支援のみなさんとの出会いや励ましで生かされ、物質的にはドナーバンクのドナーさんや多くの方の輸血によって生かされて来ました。そんな闘病生活や教職の経験を生かし、4年前から「いじめや自殺の撲滅」のために「命のつながり」や「命の大切さ」を学校や保護者の皆さんにお伝えすることが、今まで私がいただいたご恩に報いることだと考え、やさしさや思いやりを大切にする「やさしさの種」の活動を「志」として体調のいいときに、福島県内で小中学校や看護学校、その他団体で講演会やDVDを通じ行って来ました。その活動も矢口さんはじめ出会いをいただいた応援の皆さんのご協力によってなされたものでした。

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現在入院中の病院でのソーシャルワーカー研修会での講演

自宅療養中、活動をしていた2年半前、あの大震災、原発事故に見舞われました。私の故郷の家はあの福島第一原発事故の「双葉町」であります。あの日から突然避難生活となりました。病を抱えた私は、避難先を転々とし、会津、そして現在は病院の関係で郡山で避難生活をしています。子供もばらばらに生活をせざるを得なくなってしまいました。
私が教員時代に赴任してお世話になった地域はいわき市の豊間・富岡・葛尾・浪江・南相馬と全てが津波や原発被災地です。教え子達は今も日本全国に避難し、自分の小さい子供達のために必死に今を生きています。それは まるで「たんぽぽ」の花のようです。
リレー・フォー・ライフ2日目、ビートマック・スペシャルの皆さんが演奏して下さった「たんぽぽ」の優しいメロディーが会場を包み込みました。とても素敵な曲でした。私は、生きてきて良かったと心から感激しました。私は病で失った物は多いようですが、実は、「人の優しさとの出会い」というとても大切なものを得ることができました。人生にはいろんな事がありますが、自分の人生をしっかりと受け止め、今を輝かせていきたいものです。福島の子供達がこの難局を乗り越え「たんぽぽ」のように故郷を忘れず、全国で自分なりの花を咲かせてくれることを強く望みます。
会場をあとにするとき、実行委員のおひとりが「先生、来年もまた会いましょうね。」と見送ってくれました。そう来年のリレー・フォー・ライフに向け、私はまた一歩踏み出したのです。

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避難先での家族と。

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プロフィール
三本杉祐輝さん
昭和33年生まれ。54歳。福島県双葉町出身。45歳中学校教頭時代に「悪性リンパ腫」発症。以後再発を繰り返し、ドナー移植を含み3回の移植をするが宣告を受け、自宅療養のため退職。以後平成21年から長期の闘病や教職の経験を生かして「いじめ・自殺撲滅」のため、「命のつながり・大切さ」を県内小中学校・各種団体で講演会等で伝える。
平成23年 3月11日以降、原発事故により避難生活となり、現在は郡山の病院で入院加療中。「人生は八勝七敗からノーサイド」のブログで発信する。