充実した会でしたね(2024年12月10日)
昼食をとるとすぐに駅に向かう。十二月七日、福塩線で湯田村駅へ。「今日は高校生がたくさん乗っているな。何かあったのかな」駅から徒歩で湯田交流館に到着。本日は「ピンクリボンコンサート」が十三時三十分より開催される。主催湯田交流館・乳がん患者会福山アンダンテだ。
入場すると、受付で名前を記入。本日のプログラム・乳がんの自己検診パンフ・中学生による乳がん活動へのメッセージカード・ティシュなどを入れた銀行のファイルをいただく。そして「今日はこれを付けてください」とピンクリボンをいただく。意気な計らいだ。
予定通り開催。まずは神辺中学校吹奏楽部によるアンサンブルコンサート。フルートドルチェやサクソフォーンバスカーズと言ってもわからない。でも、生で聞くとテレビやCDで有名な楽団の曲を聴くより、感じるものがある。そういえば次の日、「園芸図鑑」で立川志らくさんが説明された。「師匠(談志)が言っていたが、『生で聞くとこちらの良さがわかるが、テレビを通すとわからない。テレビ用に下手な芸を見せて喜んでもらう』」そういうことか。
ただし、最後のクリスマスメドレーはよくわかって楽しかった。
次に福山アンダンテ藤井さんによる乳がんの説明。
乳がんは今や九人に一人がなるがんです。そして自分で見つけることのできるがん。入浴時、胸をタオルなどで洗わず、手で洗ってください。しこりを感じたら乳腺外科へ。バラ祭りで乳がんモデルの触診体験をやってもらうと「こんなに固いのですか」と聞かれるが、固いのです。四十代~五十代で閉経を迎えるが、その前後はホルモンバランスが崩れやすいので、乳がんになりやすい。特に気を付けてください。
体験談は福山アンダンテの林代表
私は十九年前に乳がんになった。まずは産婦人科で診てもらったが、「よくわかりません」と言われた。当時は痛くないのでそのままにしておいた。
一年が経ち、左右の硬さが違うので「もしかして飲み残しかな」と思い、産婦人科を受診。「乳腺外科へ行ってみたら」と言われ、中国中央病院の乳腺外科を予約。行くと先生に「林さん、いつ頃来ているの。大きくなっとるよ」と言われる。
治療を始めると、仕事を辞めざるを得なくなる。髪が抜けてなくなる。ウイッグを使うと、何かに引っかかるとずれたり、外れたりする。そんな時、患者会に入り、思いを聞いてもらう。
ホルモン療法を五年くらいして、再就職。コニュニティセンターへ就職。人権を大切にする場なのでいいなと思う。
その後、赤いおしっこが出る。しばらくするとまた赤いおしっこ。病院に行くと「膀胱がんです」と言われる。治療をすると落ち着く。
しばらくすると「胸に何かある」と言われ手術をする。手術の後、「乳がんの転移です」と言われる。こうしてがんを乗り越えられたのも、患者会のおかげ。そこで「恩返しを」と思い代表となり、他の患者の話を聞いたり、支えたりしています。がんになってほしくないし、なっても早く治ってほしい。
以前はがんと聞くと「ガーン」となっていたが、今、早期発見は治る病気。健康な胸を憶えていてほしい。そして、検査して小さいうちに見つけてほしい。うちに帰ったら、今日の話を伝えてほしい。お母さんは忙しく、健診になかなかいかない。少々のことは我慢する。我慢せず、早く検診に行き、早期発見してほしい。
中学生のあいさつ
「乳がんは早期発見すれば治る病気とわかりました。私も母も検査を受け、早期発見できるようにしたいと思いました」と挨拶。
今日は有意義な会に参加でき、良かった。