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2026年01月17日

なんとかなる

  なんとかなる(2026年1月17日)

 中国新聞読書欄で「わたしがいる あなたがいる なんとかなる 奥田友志著」を紹介していた。奥田さんは「抱樸」の理事長をされている。

 抱樸と言えば、以前私は広島市での集会でお会いしたことがある。確か下関駅に放火した人の身元引受人として社会復帰を支援している方ということで、放火した人とともに二人で講演された。「すごいなあ。立派な方だなあ」という印象を持ったように思う。

 その奥田さんが「わたしがいる あなたがいる 何とかなる 『希望のまち』の作り方」という柔らかな題の本を出されていると知ったので、「ぜひとも」という思いで取り寄せ読んでみた。

 「抱樸」は「あんたもわしもおんなじいのち」をキャッチフレ―ズに子ども・世帯支援・居住支援・就労支援・更生支援・各種福祉事業など多岐にわたる活動をされている。

 「自分が不完全であるからこそ他人を思い、他人と共に生きる。結果的に自分のエネルギーも増える。(中略)利他は犠牲ではない。『利他的利己』でもいいと思う。それが人と人とが共に生きるということだ」と記しておられる。これは言ってみれば、私もがんになり、がん患者を支援したいという思いと似ているのでは。だから七十代になっても「まだ走れる」「活動できる」ということか。

 日本と中国の関係が最近うまくいっていない。
また、トランプ政権のベネズエラ侵攻があり、不安を感じている人も多いと思う。そして「日本の平和憲法は現実的でない」と感じている方もいるようで、政府高官も「日本も核を持つべきだ」と述べたという記事が最近マスコミで取り上げられた。

 この本では「平和憲法はそもそも現実的ではない」という欄で次のように記してある。

 「先の大戦では東南アジア・太平洋地域全体で二千万人以上、日本人は約三百十万人、沖縄戦では県民の四人に一人が亡くなったといわれる。広島、長崎の惨禍。ようやく戦争が終わり、人々はそんな現実を是認することなど到底できなかったと思う。『戦争だけは何があってもダメ』というのがほとんどすべての人の思いだった。僕の親父は、シベリア抑留を経て復員したが『戦争だけはぜったいにあかん』と繰り返し言っていた。」「『本来あるべき世界』とは何か、あるべき自国の今後とは。侵略行為の反省など、人々の思いが凝って「あの言葉」が生まれた。『日本国憲法』である」

 よく記してくださった。「自分の国を守るためには平和憲法だけではだめだ。武力増強が必要」という声を聞くが、武力増強の結果が第二次世界大戦となった。イスラエルもハマスも「自国防衛のため」と言いながら戦争をはじめ、継続している。どこかが武力増強したならば、周りの国は不安になり、「我が国も武力増強を」となる。そして些細なきっかけで戦争が起こる。いったん始まった戦争を終わらせることは大変難しい。

だからこそ、唯一の被爆国である日本は非核三原則を貫き、平和憲法を掲げ続ける必要がある。「現実はこうだが、日本の憲法にはこう記してある。だから戦争はしないし、できない」それでいいではないか。そして、世界がどんなに揺れ動いて不安になっても「なんとかなる」とくじけず希望を持つ続けることが大切。

「『複合的』な問題を抱えている人は、自分が何に苦しんでいるのかわからないという人も少なくない。あまり早急に『一つの主訴』に絞り込むと『複合的』である人の現実と乖離する」

だから抱樸は伴走型支援に取り組んで相談というより対話を重視されている。

私の職場でも利用者と面談した後、「あの人は○○障害があるように見える。それを踏まえて関わろう」という職員がいる。だけど私には利用者は日によって、またその時の気分によって表現の仕方が違う人が多い。早くから○○障害ととらえるよりもいろいろ対話しながら伴走支援が大切なような気がする。

「世界の現実は『弱肉強食』ではなく『弱者共存』です。強いものが生き残るのではなく、弱い者たちが弱いからこそつながりあい、助け合い、共存する。その仕組みが社会だといえます」

そうだ!それが大切。自分の弱さを恥じて隠さなくてよい。そして「なんとかなる」と希望を捨てずに生き続けることこそ大切だ。